島津兼治

プロフィール

柳生心眼流竹翁舎 主宰

森重流砲術研究会 会長
筋整流法最高顧問

 

昭和13年生まれ。昭和30年、柳生心眼流狩野派・佐藤派、相沢富雄師範に師事し、相伝を受ける。
昭和49年、柳生心眼流竹翁舎を開設し、以来、長年に亘り修行と研鑽に努める。古武道雑誌「秘伝」の名付け親として編集顧問を務め、日本武術界の重鎮として活動を続けている。

島津兼治の試考論

 歴史と云う時間は、いま起きた出来事が瞬時にして飲み込まれ、袋の闇へと消え去り、過去という時間に封印されていく。歴史学というものは、巨大な時間の流れを遡って、先人の記録を多く集めて、其の文書を比較研究して論説をする。それ故に文献の出典が命である。しかし文字が無い時代には、そうした記述文献などはあり得ない。各地に広く点在する遺跡物を掘り起こし、拾い集めた発掘品を思考して、推論や仮説を立てるのが考古学的な論説と云える。
 史記の平原君列伝に「嚢中の物を探る」と云う言葉がある。試みに過去の闇の嚢(袋)に手を差し入れて、掻き廻すと、幾つかの極小なる粒に触る。其れをしっかりと握り締めて、思い切って袋から取り出す。その粒を並べて紐でつなぐと線が現れる。更に幾つかの糸(意図)を上下左右へ結ぶと平面は立体形を生む。その空間に試考という布を張り付け、多彩な塗料を重ねると、望め無い造形が浮かび上がる。僅かでも闇に消え去った幻影を垣間見る事が出来れば善い。
  こうした私的な試考論は考古学的な試考であり、史学の立場からは外れるものであろう。それ故に肩を張り是非を問うより、一服のキセルの煙を楽しんで頂ければ、其れで善い。